末期がんの先輩を訪ねた。

暑くも寒くもなく、音もなく静か。
完璧な穏やかさが、
ここが日常ではない場所と伝える。
ホスピス=死を待つだけの場所と。


初めて来てから、1ヶ月。
週に2度のペースで訪れている。

最初の訪問、
普通に歩いて、普通に会話した。
次の訪問、
車椅子で隠れて吸うタバコを、私は笑った。
次の訪問、
黄疸。肌も白目も、はっきりと黄色。
次の訪問、
会話の途中で眠るようになった。
次の訪問、
「もう誰だかわからないことがある」小声で打ち明けられた。
次の訪問、
声を掛けた時だけ目を開け、わずかに言葉を返した。
次の訪問、
「ここはどこ?」意識障害が始まった。
次の訪問、
ずっと眠ったまま。
すっかり顔なじみになった先輩の彼女と話しした。
もう2週間仕事を休み、付き添っているという。

帰り際、先輩に声を掛けた。
眠ったままの瞼が、わずかに震えた。
閉じた瞼の下で、瞳が確かに動いてる。
音も光も届かない暗闇の中で、
動かない体をもどかしく、でも必死に、

何かを伝えようとする先輩
私に見えた気がした。

黙って近付く彼女。
愛おしそうに先輩の髪を撫でている。
その横で、私は立ち尽くしていた。

帰りの車、閉じ込められた狭い空間は、
私が私に帰る場所。
もう会話できない。
なにも食べれない。
恋人の手も握れない。

それでも生きる先輩。
見守り続ける彼女。
「あと2,3日」と言われ、この日で10日。
早く終わった方が楽なのに。
なぜ、そこまで頑張るの?
なぜ、生き続けられるの?

こんなことを考える私は、人として安いから?
誰か教えてほしい。
涙が止まらなかった。

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