LGBTがん事例①~⑤、1つの話でした。
今回は1話完結、典型的な若者の典型的ながん闘病。
≪34歳・都内在住ゲイ≫
■健康診断で
胃がんの疑い。緊急性を要する所見。
「なんで俺が?まだ34歳だよ」ショックと言うより混乱のまま帰宅。
翌日も普通に出社、普通に残業。
翌週の精密検査、、、怖くて行けなかった。
■トモダチ
会社の人は、しょせん”仕事仲間”。
ゲイ友は多いが、連絡しなければ音沙汰なし。
元カレは10人超、今では顔も浮かばない人も。
親と仲は悪くないが、5年以上帰ってない。
・・・相談できる人、いない
■自宅で吐血
2か月経過。朝、吐血。
「これで終われるんだ、やっと」
ぼんやり天井を見ながら、この日の有給申請をした。
翌月やっと精密検査へ。結果、胃がん・ステージ3。
「末期が良かった。すぐ終われたのに」
最悪の結果を、残念に感じる自分に苦笑したという。
「、、、会社や家族に言えない。どう伝えればいいの?」
■さらなる地獄
誰にも言えず、病院にも行かないまま1か月、会社で大量吐血。
健康診断から5ヶ月、ようやく治療・傷病手当休暇が始まった。
「ここからが地獄。昼も夜も狭いマンションで1人、死の恐怖と向き合うだけの毎日。
いっそ殺してくれ。早く死ね、死ね死ね死ね死ね死ね」
■地獄から、さらに落ちて生活崩壊
耐え難い地獄の日々が5か月続く。
今度は家賃が引落できず督促状。傷病手当では収入半減、貯金が底をついた。
同じ頃、抗がん剤治療の当日、だる過ぎて病院に行けず。
「もう、いいや。。。治療費、払えないし」
どうでも良くなって、病院に連絡せず。
2,3日後の夜、急に恐怖でパニックに、、、
「気付いたら夜行バス。翌朝、実家の前に立ってた」
■実家での治療
働いたことが無かった母、レジ打ちのパートを始めた。
夜勤を始めた父が、朝は黙って病院まで車で送ってくれた。
7か月後、抗がん剤治療の成果が出て良好、ほぼがん消滅。
がんは1人じゃ闘えない、身に染みた。
■現在
35歳で貯金0。
実家周辺に仕事はない、ゲイは封印。
東京は、一度逃げ出した者に冷たい。
「まずは車。金貯めなきゃ。バイト見つけて、親に仕事辞めさせて」と笑う。
「そもそも僕、東京に、あの生活に帰りたかったんだっけ?」
彼はもう一度、スタートに立った。
あなたには支えてくれる人がいますか?
今の人生、望んだ流れですか?
